凝集度の"度"は適切ではないのでは?
プログラミングにおいて、凝集、とくに凝集度という言葉がある
英語だとcohesionで、"度"の概念がないと思われる
〔物質の〕結合、密着◆不可算
〔人や集団の〕まとまり、団結(力)、結束(力)
・Europe is a continent striving for political and economical cohesion. : ヨーロッパは政治的経済的な結束を得ようと努力している大陸です。
《物理》〔分子の〕凝集力、凝集性
《植物》合着◆アブラナの雄しべなどのように、複数の同じ器官が癒着していること。
翻訳の過程で”度"がついてしまったのか?
凝集度 - Wikipedia
プログラミングにおけるcohesionというものは、過去に誰かが論文で発表したものから由来する
後で論文とか誰とかメモろうmiyamonz.icon
そこではこのような分類をした
偶発的凝集(Coincidental Cohesion)「最悪」
論理的凝集(Logical Cohesion)
時間的凝集(Temporal Cohesion)
手続き的凝集(Procedural Cohesion)
通信的凝集(Communicational Cohesion)
逐次的凝集(Sequential Cohesion)
機能的凝集(Functional Cohesion)「最善」
そのうえで、良し悪しの軸を定めて、"度合い"のニュアンスを込めたのだろう
しかし、以上の凝集の分類に疑問は残る
そもそも排反なのか?
複数組み合わさったり、どれでもなかったり…
それらの良し悪しは、一直線に並ぶのか?
各々の疑問を深堀りしてから結論を述べたいものの、
「プログラミングにおける凝集は、凝集"度"というように度合いで示せるものではないのでは?」という仮説が思いつく
より良くする、より良くなった、と捉えること自体はあるが、最良の凝集みたいなものがあるとは思えない